はじめに:PTS急落の背景
2025年10月9日の東京証券取引所引け後、エヌ・ピー・シー(6255)が発表した2025年8月期通期決算と同時に公表された2026年8月期の業績予想、そして中期経営計画の取り下げは、市場に大きな衝撃を与えました。当日のPTS(私設取引システム)では、終値666円に対し、株価は一時600円まで下落し、投資家の強い失望感が示されました。
この急落の主な原因は、翌期となる2026年8月期の業績予想が売上高・利益ともに大幅減となる見込みが示された点にあります。特に、営業利益は前期比で60%超の減少見通しで、高い成長期待を背負っていた同社に対する市場の評価が厳しくなりました。さらに、中期経営計画の取り下げも将来の不透明感を増幅させる要因となりました。
本稿では、発表内容を詳細に分析し、市場がネガティブに反応した構造的要因、そして今後の事業展開と株価見通しについて考察します。
2025年8月期:概ね予定通りの着地も、すでに陰りが見えた収益構造
同社が発表した2025年8月期の連結業績は、
- 売上高: 9,272百万円(前期比 14.1%減)
- 営業利益: 1,920百万円(同 21.2%減)
- 親会社株主に帰属する当期純利益: 1,325百万円(同 20.9%減)
売上高は減少したものの、利益面は当初の予定を若干上回る着地となりました。
売上減ながら**利益が「予定超」**となった背景
要因は主に2点です。
- 米国主要顧客向け案件の現地作業で原価低減が進み、売上総利益が微増。
- 販売費及び一般管理費が微減となり、利益水準を下支え。
事業環境としては、ペロブスカイト太陽電池への開発・生産支援の活発化、使用済み太陽光パネルのリサイクル取り組みの進展があり、太陽電池製造装置、FA装置、太陽光パネルリサイクル装置の販売を計上しました。
利益率の高い部品販売の減少という懸念
一方で、利益率が高い部品の売上が想定を下回りました。
背景には、
- 米国の関税の影響
- 主要顧客の設備投資計画等の影響による米国主要顧客からの発注減少(特に下期)
この部品販売の減速は、次期以降の収益構造にも影響を与える見通しです。
なお、2025年8月期より組織変更に伴い、装置関連事業と環境関連事業は**「装置関連事業の単一セグメント」**として統合されています。
市場が最も嫌気した2026年8月期 大幅減益予想の構造
2026年8月期の連結業績予想は、
- 売上高: 8,014百万円(前期比 13.6%減)
- 営業利益: 760百万円(同 60.4%減)
営業利益6割減の衝撃と下期偏重の業績構造
大幅減益の主因は複合的です。
- 売上高の減少見込み
- 国内ペロブスカイト向け大型案件の低利益率(売上構成で高比率)
同案件は開発要素が多いこと、競争があったことが利益率低下の一因。成長分野への注力は歓迎されるものの、初期段階の収益貢献は限定的または低収益となるリスクが顕在化し、ネガティブサプライズとなりました。
さらに、同大型案件の売上が下期計上予定のため、2026年8月期は下期偏重の見込み。実際、上期(2026年2月期累計)は売上高907百万円で、各損益段階が赤字見込み。上期赤字は短期的に株価の重しとなる可能性が高いでしょう。
米国顧客の動向と部品販売の不透明感
2025年8月期に課題が見られた部品販売は、2026年8月期も米国の関税政策や主要顧客の設備投資計画の影響で、前期比で減少見込み。ただし、一定水準の売上は維持する計画です。米国太陽電池メーカーである主要顧客向けに、ペロブスカイト関連の開発装置や追加装置、改造案件の受注取り込みを目指します。
将来への不透明感を増幅させた**「中計取り下げ」**の深層
今回、2027年8月期を最終年度とする3か年の数値目標(2024年10月公表)が取り下げられ、以降の中期的な数値目標の公表も見送り。業績減速以上に、投資家心理を冷やす要因となりました。
なぜ中期経営計画の公表を見送りか
挙げられた不確実性は3点。
- 米国主要顧客の設備投資動向の不確実性(関税・政策見直し、サプライチェーン再構築の影響)
- ペロブスカイト太陽電池の市場動向の予測困難性(各社の開発・検証進捗に依存)
- FA装置の顧客動向の停滞(国内電子部品業界で設備投資が鈍化)
これらにより、中期数値目標の妥当性・正確性を担保できないと判断。成長期待の定量化が困難という事実は、投資家にとって大きな懸念材料です。
株主還元策と強固な財務基盤は安心材料
ネガティブ材料が目立つ一方で、株主利益の向上に資するポジティブな発表もありました。
減益予想下での自己株式取得と配当維持
- 自己株式取得:上限770,000株(発行済の3.56%)、取得総額5億円、期間2025年10月10日~12月23日。
- 配当:2026年8月期の年間10.00円(前期同額)を維持の予想。
不透明な環境下でも株主還元姿勢は維持され、株価の下支え要因となる可能性があります。
盤石な財務状態
2025年8月期末時点で、
- 純資産: 10,835百万円
- 自己資本比率: 83.9%
- 現金及び現金同等物: 6,421百万円
- 有利子負債: ゼロ
この強固な財務基盤は、成長投資や環境変化への耐性を示します。
今後の見通しと注目ポイント:不透明感の中での戦略
同社は数値目標の公表を一時見送る一方で、ペロブスカイト太陽電池製造装置や太陽光パネルリサイクル装置といった成長分野の拡大で中期的に業績を伸ばす方針は不変としています。
注目ポイントは以下の通り。
- 下期偏重の業績達成度:国内ペロブスカイト大型案件の進捗と利益率の押し下げ度合い。
- ペロブスカイト関連装置の受注状況:米国主要顧客向けの開発装置・生産ライン案件の受注と売上計上。
- リサイクル事業の進捗:参入検討企業の増加を追い風に販売実績の積み上げ。
- 米国政策と顧客設備投資動向:不確実性の解消度合いと情報開示。
まとめ:短期の逆風と中長期の試金石
今回の決算・方針は、短期業績と中長期成長シナリオの双方で市場期待を下回りました。一方、自己株式取得・配当維持、そして無借金に近い強固な財務体質は支えとなります。当面は上期赤字→下期V字回復の実現度、国内大型案件の進捗、米国政策・顧客投資の行方が、投資判断のカギとなるでしょう。
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