レナサイエンス(4889)の株価が急騰した理由:サウジアラビア国家戦略と抗老化薬のポテンシャル

2025年10月7日、株価ストップ高の背景

株式会社レナサイエンス(4889)の株価は、2025年10月7日にストップ高となる2,034円をつけ、前日比で400円高(+24.48%)と大きく上昇しました。東証グロース市場に上場する同社に対するこの強力な買いの集中は、前取引日である10月6日の取引時間終了後に公表された重要なリリースが直接的な材料となっています。

その発表とは、サウジアラビア政府の医療研究機関との間で基本合意書(Memorandum of Understanding:MOU)を締結したというニュースです。市場は、この中東の巨大な公的機関との連携を、同社のバイオパイプラインとAI医療機器の国際展開を決定づける極めてポジティブな材料として評価しました。

ストップ高の決定打:サウジアラビア「KAIMRC」との基本合意

レナサイエンスが基本合意書を締結した相手は、サウジアラビアにおけるバイオメディカルおよび臨床研究の中核的公的研究機関であるキング・アブドラ国際医療研究センター(KAIMRC)です。

この連携の背景には、サウジアラビアが石油依存型経済からの脱却と経済多角化を目指す国家戦略「サウジ・ビジョン 2030」があります。KAIMRCは、この「サウジ・ビジョン 2030」に沿って、事業化、技術移転、そして長期的なパートナーシップの構築を支援する役割を担っています。

KAIMRCとの合意書には、主に以下の4つの柱が含まれています。

  • PAI-1阻害薬 RS5614のがん治療薬および抗加齢・長寿作用の研究のサウジアラビアでの臨床開発。
  • 世界的な長寿臨床試験コンペティションであるXPRIZE Healthspanへの共同参加と、サウジアラビアにおける臨床試験の実施。
  • 同社が開発中の**人工知能(AI)を用いた糖尿病および維持血液透析を支援するプログラム医療機器(SaMD)**のサウジアラビアでの開発協力。
  • 当社パイプラインのサウジアラビアでの事業化支援。

この連携は、サウジアラビア投資省(MISA)や、医薬品の承認審査を行うサウジアラビア食品医薬品局(SFDA)といった政府関係機関との連携を促進する導線となるため、将来的な中東市場への進出と事業化の具体性が高まったと市場に判断されたのです。

企業価値の源泉:多岐にわたるパイプラインの進捗

今回の国際連携のニュースが市場で強く評価されたのは、レナサイエンスが医薬品、医療機器、AIを活用したプログラム医療機器という多様なモダリティで具体的な開発成果を積み上げてきたためです。特に、中核パイプラインであるPAI-1阻害薬RS5614の進捗が、将来の収益基盤に対する期待を高めています。

PAI-1阻害薬 RS5614のがん治療領域での進展

医薬品事業は研究開発費が大きくリスクが高いものの、成功時には極めて高い収益が期待される分野です。RS5614は、複数のがん領域で着実に治験を進めています。

  • 悪性黒色腫(メラノーマ)治療薬:2024年8月に厚生労働省より希少疾患用医薬品の指定を受けました。これにより、薬価算定における市場性加算や承認後の再審査期間延長による独占期間の長期化が見込まれており、収益性の向上が期待されています。2025年2月からは、薬事申請に向けた検証的な第Ⅲ相医師主導治験が開始されています。
  • 慢性骨髄性白血病(CML)治療薬:第Ⅲ相試験は2023年12月末に目標症例数を上回る57例の登録を完了し、予定通り進行中です。さらに、公的助成期間が2年間延長されたことで、2026年3月期及び2027年3月期に見込んでいた費用計上がなくなり、収益性が改善する見込みです。
  • 非小細胞肺がん治療薬および血管肉腫治療薬:それぞれ前期第Ⅱ相試験、第Ⅱ相試験の症例登録が2025年7月、6月に完了しており、今後、投与期間を経て治験総括報告書がまとめられる予定です。これらの結果が有効性を示すかどうかが、次なる株価の材料として注目されます。
  • 全身性強皮症に伴う間質性肺疾患(SSc-ILD)治療薬:第Ⅱ相試験の目標症例数50例の登録も2024年12月に完了しています。

XPRIZE Healthspanと抗加齢研究の話題性

サウジアラビア連携の柱の一つであるXPRIZE Healthspanは、健康寿命を10年以上延伸する研究チームに総額1億米ドルを支払うという、世界的な長寿コンペティションです。

レナサイエンスは、RS5614の抗加齢作用に基づき「老化細胞を除去し、がん化を促進することなく老化関連疾患を抑制する新たな新規低分子医薬品(Senolytic drug)」というコンセプトで応募し、2025年5月にTOP40(セミファイナリスト)に入賞し、賞金25万米ドルを獲得しています。KAIMRCとの共同参加により、このセミファイナル臨床試験がサウジアラビアでも展開されることは、長寿医療という世界的なテーマにおける同社のプレゼンス向上に繋がるため、市場で強く好感されました。

早期収益化を担うAIプログラム医療機器(SaMD)

医薬品開発と並行して、レナサイエンスはAIを活用したプログラム医療機器(SaMD)の開発も推進しています。SaMDは医薬品と比較して開発期間や費用リスクが小さく、比較的早期の収益化に繋がる可能性を秘めています。

  • 維持血液透析医療支援SaMD(RSAI02):臨床性能試験の結果、目標正解率80%を大きく上回る90.31%(平均)の正解率を達成し、専門医に対するAI予測の非劣性(同等)が証明されています(ヒトでのPOC取得)。現在は、ニプロ株式会社と実用化に向けて準備を進めています。
  • 糖尿病治療支援SaMD(RSAI03):こちらも臨床性能試験で正解率(平均)85.46%を達成し、専門医に対する非劣性(同等)が実証されました(ヒトでのPOC取得)。この結果により、薬事承認の申請が可能となる段階にあり、専門医不足の地域におけるインスリン治療支援への貢献が期待されています。
  • 呼吸機能検査診断SaMD(RSAI01):導出先企業から国際展開に係るオプション権行使に伴う一時金を2025年2月に受領しており、既に収益化に向けた具体的な動きが進んでいます。

これらのAI-SaMDの国際展開にKAIMRCとの連携が加わることは、将来の収益の多様化と加速に繋がる期待を高めています。

現状の財務状況と短期的な留意点

レナサイエンスは、多数のパイプラインを抱え、積極的な研究開発投資を継続しているため、直近の業績は赤字が続いています。

2026年3月期第1四半期(2025年4月1日~6月30日)の業績は、事業収益10百万円、営業損失102百万円、四半期純損失66百万円でした。営業外収益としてXPRIZE Healthspanのコンテスト賞金36百万円を計上したものの、研究開発費65百万円を含む事業費用を計上したため、損失が拡大しています。

会社は、2026年3月期通期の業績予想について、引き続き営業損失397百万円、当期純損失362百万円の赤字継続を見込んでおり、直近の予想に変更はありません。

特に重要な点として、今回のサウジアラビアとの基本合意書締結について、会社側は「2026年3月期業績への影響は現時点ではありません」と明言しています。この事実は、今回の株価上昇が短期的な業績改善期待ではなく、中長期的な事業価値拡大シナリオに全面的に依存していることを示しています。

また、2025年6月30日時点の現金及び預金は1,674百万円(約16億7千万円)であり、医薬品開発は長期かつ多大な費用を要するため、今後の追加的な開発費用の確保や**資金調達の可能性(希薄化リスク)**は、投資家が常に意識すべき重要な論点となります。

今後の見通しと注目のマイルストーン

今回のストップ高は、将来の成長シナリオに対する期待感の表れですが、バイオベンチャー特有のボラティリティ(価格変動性)が高い点には注意が必要です。

中期的な再評価の鍵

中期的な株価の動向は、今回の国際連携の具体的な進展と、国内治験の確実なマイルストーン達成に大きく左右されます。

特に注目されるのは以下の点です。

  • サウジアラビア連携の具体化:基本合意書(MOU)から、正式な共同開発契約や資金スキームを伴う体制構築へと移行できるかどうかが焦点です。サウジアラビア食品医薬品局(SFDA)などの規制当局における臨床採択やプロトコールの確定といった具体的な進展が次の株価のトリガーとなり得ます。
  • 国内治験の総括報告:症例登録が終了した**非小細胞肺がん(前期第Ⅱ相)血管肉腫(第Ⅱ相)**の治験総括報告書がまとめられ、有効性が示唆されるかどうかが、RS5614の多様ながん種への適用可能性を裏付ける材料となります。
  • SaMDの薬事承認申請:臨床性能試験で非劣性が証明された維持血液透析医療支援SaMDや糖尿病治療支援SaMDが、パートナー企業との連携を通じて速やかに薬事承認申請に進めるかどうかが、早期収益確保の鍵となります。

長期的な企業価値の変貌

長期的な視点では、医薬品RS5614の商業化が最大のブレークスルーとなります。

特に希少疾患用医薬品指定を受けた悪性黒色腫治療薬(第Ⅲ相)、そしてCML治療薬(第Ⅲ相)において、有効性と安全性が検証され、薬事承認フェーズに入ることができれば、同社の事業価値は非連続的に見直される可能性を秘めています。

また、抗加齢・長寿研究の進展も長期的なテーマです。XPRIZE Healthspanで2026年後半にTOP10(ファイナリスト)に選出され、その後のファイナル臨床研究が成功すれば、グローバルな長寿医療分野における地位を確立し、将来的なロイヤリティ収入の道筋が開けることになります。

投資家は、今回のポジティブな国際連携のニュースに過熱するだけでなく、研究開発費の推移や資金調達方針、そして具体的な臨床開発のマイルストーン達成という、バイオベンチャーの本質的な価値を測る指標を冷静に注視していくことが求められます。

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